日本のエネルギー自立への道
桐生 悠一
[黒潮発電資料1]

黒潮発電の課題と解決策



1.エグゼクティブサマリー

(1)日本の年間平均電力需要量は 15000 万 kW、NEDO は「日本の海域での海流エネルギーの賦存量は約205GW(20500 万 kW)と試算している。
「ただし、実際の機器の設置や、導入に適した流速(水深5mで 1m/s 以上)を得られる地域などを考慮すると、現実的な導入量は約 1.3GW(130 万 kW、賦存量の 0.63%)、発電可能量は 10TWh(年間電力需要の約 1%)と試算されている」との見解を持つ。巨大な潜在力がありながら、現在の技術ではエネルギー資源として僅かしか顕在化できない。これが本件の課題である。
(2)この見解は、
 ➀沿岸から遠い場所では海底送電線の設置が経済的に成立しない、
 ➁海中支持型、海底固定型、係留型の何れも水深の深い所では実行不能、
 ➂海中での工事や作業の困難さと費用がシビアに評価されたのが原因と思われる。
(3)我が国で現実に動いている開発計画を照査すると、 NEDO の判断に同意せざるを得ない問題点が見出 される。
 1長大な海底送電線、
 2水深の深い場所は無理、
 3流路が変わったら対応できない、
 4海中で難しい工事が必要、
なのである。
(4)本州の沿岸はプレートの沈み込みのため、急激に水深が深くなる。黒潮発電の本格的実用化には沿岸 から遠く、水深が深い海域で発電を行えなければならない。この条件を満たし、黒潮発電で得た電力を水素化し、需要地に輸送する社会システムを構築すれば課題は解決する。
(5)海底基礎からの係留索に係留する発電船であれば、これらの条件を満たし、課題を解決することがで きる。これは係留型発電船方式による黒潮発電・水素製造プラントの提案書である。



2.黒潮とは

(1)黒潮は世界最大級の潮流(海流)であり、その強流帯の幅は100 km、深さは海面から水深200mまでが特に強い表層流である。
(2)流速は max.2.0~2.5m/s に達する。実用化初期にはこのような海域が利用可能。平均流速1.7m/s といわれる。
(3)黒潮は東シナ海では大陸棚斜面に沿って流れており、その流路は安定しているが、九州南東から房総半島沖での流路は冷水塊の出現等で大きく変動する。大蛇行流路と非大蛇行流路は共に比較的安定した流路であり、交互に入れ替わって、一旦安定するとある期間持続する。
黒潮
(4)黒潮大蛇行は 1965 年以降5回発生しており、平均 1.2 年間持続している。上図において、1は非大蛇行接岸流路、2は非大蛇行離岸流路、3は大蛇行流路である。M は三宅島、H は八丈島を示す。カラーは水深を表す。M、H や伊豆半島付近や奄美列島で浅い(500m 程度) のに注目。
(5)2.0m/s の黒潮は同じ断面積の風速 19 m/s の強風と同等のエネルギー密度を持つ。風向・風速が絶えず変わる風力発電と違って、長期間に亘って同一方向から同一流速(若干の季節変動はある)で流れる。 このため、1地熱発電や原子力発電に並ぶ高い年間総合発電効率が得られる、2発電ユニットを密集装荷してコンパクトな大出力発電船を実現させることができる。



3.現在公表されている開発計画を照査する

(1)川崎重工業の海底設置型潮汐流発電

本件は NEDO の事業に採択され、沖縄海域での実証研究を行う。15 年度に直径 18mのタービン翼を持つ 1000kW の実証機を設置する。電力は海底ケーブルで陸へ送電する。
川崎重工業

照査結果:

海底設置型の潮汐流発電であり、関門海底設置型の潮汐流発電であり、関門海峡や明石海峡で使える。表層流である黒潮には対応しない。


(2)東大・IHI・東芝・三井物産の水中浮遊式海流発電 (仮称 T計画)

水中浮遊型として細部まで検討された現実性が高い開発計画である。
現在までに既に多数の実用的な特許願が出されており、関係各社の意気込みが伝わってくる。 直径 40mのタービン翼で流速mのタービン翼で流速 1.5m/s で単機出力 1000kW を目標としている。
係留索は電力ケーブルを沿わせたプラスチック製。海底基礎はパイル等の打ち込み。メンテナンスは海上に浮上させて行う。
T計画

照査結果:

良く練られた計画で、1000kW 実証機までは実行可能と思われる。大規模発電サイト建設の段階で問題に遭遇すると考える。
(1) 広い海域に多数の発電ユニットを設置する方式なので、黒潮の流路の変動に機敏に対応するのは困難ではなかろうか。
(2) 単機出力 1000kW であれば、総出力 100 万 kW の発電ファームを目標にすると、1000ヶ所の海底基礎・海底配電ネットワークを建設・維持しなければならない。単機出力を大きくして各機の間隔を離したため、大電力発電に際しては広大な面積を必要とする。そのために、次のような問題に遭遇する。
(3) 水深 500~1500m の海域にも黒潮発電の適地が多いが、海底基礎は建設できるとして、50~150 気圧の海底で広大な面積に亘って集電網を建設・維持できるのか。
(4) 電力の形でエネルギー輸送を行うが、黒潮を本格的に活用する時点では海岸から遠距離のサイト を利用せざるをえず、海底ケーブルに巨大な投資が必要となり、経済性が損なわれないか。
(5) 単機出力 1000kW となると、海上に浮上させてもそのメンテナンスは大仕事になりそうだ。
別プロジェクトを組んで専用のメンテナンス船を建造・維持することになろう。
(6) 次の N 計画のように立体的に発電ユニットを配置できれば発電サイトの所要面積は少なくて済む が、T 計画では平面的に海流を利用するために大面積化する。実証試験では問題にならない多くの問題に対応せねばならない。
(7) 浮遊式は自重と浮力とのバランスで潜水深度を保っているが、1000kW 機が無負荷から全負荷に 移ると、発電による抗力で数十トンの垂直荷重が加わる。深度と姿勢の維持に大きな技術的努力が必要になる。ペアの発電ユニットの一方が壊れると悲惨なことになる。もっと単純な構成で本質安定な方式を選べないか。


(3)ノヴァエネルギー社の水中浮遊式海流発電 (仮称 N計画)

N計画
垂直ブイにマグロ型の水力油圧ポンプを係留し、作った高圧油を海上部に送り、海上で油圧モーターにより発電機を駆動する方式。頂部はヘリポートであり、メンテナンス部品等の輸送に用いる。
計画された単機出力、係留のための海底基礎、電力輸送は T 計画と類似である。

照査結果:

(1) 海中のマグロ型水力油圧ポンプ、途中の油圧回路に故障が発生した場合にメンテナンスする方法が開示されていない。現実には非常に難しいと思われる。
(2) ヘリコプターを人員・物資の輸送に使うのは、よほど海が平穏な時でないと難しく、運用面で疑 問がある。
(3) T 計画の問題点の内、(1)〜(4) が N 計画にも当てはまる。


以上に紹介した3件は、現在我が国で本格的に動いている潮流(海流)発電計画である。 その中で黒潮発電を目指しているのは、T 計画と N 計画であった。何れも海底基礎に発する係留索により発 電ユニットを係留する係留型発電施設である。共に浮遊型に属し、T 計画は海中浮遊型、N 計画は一部浮上 浮遊型の違いはあるが、実用化段階に入った時点で必ず問題になる幾つかの課題に対する解決手段を提供で きていない。それらは次の課題である。
(1)水深 1000mのサイトでは 2000m級の係留索にケーブルを沿わせて電力を一旦海底まで送らなければならない。黒潮の強流帯は海面から深さ 200mの表層流である。自然の摂理に逆らうような構成ではなかろうか。
(2)発電ユニットの単機出力が数千 kW であり、数十万~数百万 kW 級の発電サイトを建造する場合、 数百~数千基の海底基礎を必要とする。このことは次の課題を生む。
(3)黒潮の流路変動に機敏に対応できない
(4)エネルギーは一旦海底ケーブルで集められるが、その海底集電ネットワークが大規模でメンテナンス困難である。このことは次の課題を生む。
(5)1機だけの実証試験では海岸に近い適地が選べるので、電力のまま陸地へ供給可能である。しかし、 将来は必ず海岸から遠い、深いサイトを選ばざるを得なくなり、電力輸送は確実に壁に突き当たる。 6)各機は無人運転であるため、人員と資材を持ち込まないとメンテナンスができない。両計画共、メン テナンスでは大変な苦労をすると思われる。
  
  


4.問題点を解決する方策

(1)1 隻当たりの総出力を数万~数十万 kW 級の係留型発電船方式にして、海底基礎を大型化・少数化する。
(多数の海底基礎が必要なために生じる問題を避けることができる)
(2)海底基礎は黒潮が利用できる多数のサイトに設けておき、発電船は黒潮の流路変動に応じてその時点で最適なサイトへ移動して海底基礎に係留し、発電する。使用していない海底基礎からの係留索の先端には海面に浮上する中継ブイを設け、ブイの発見と発電船側の係留索との接続を容易にする。
(3)発電船は海中に数百~数千台の数十 kW 級の発電ユニットを密接に集合設置した発電パネルを懸垂し て幅約百m、深さ約 200mの黒潮を動力源とする発電を行う。このことは次の三つの効果を生む。
(このプランは定格流速 1.5m/s で約 4 万 kW、2.0m/s で約 10 万 kW の出力を想定している)
(4)第一の効果は、潮流(海流)の運動エネルギーは面積(L2 乗)に比例し、発電ユニットの使用資材量は 体積(L3 乗)に比例する。L2 乗 3 乗則により、同じ電力を得るには寸法 L が小さい小出力機を多数使用することが経済性を著しく高める
(5)第二の効果は、数千 kW 級の発電ユニットは個別生産になるが、数十 kW 級の発電ユニットは開口 寸法が 2~3mなので、カーメーカー等の量産技術が適用でき、圧倒的に経済性に優れている
(6)第三の効果は、数十 kW 級の発電ユニットは小型・軽量なので、自動マテハン装置を利用でき、発電パネルへの自動挿入・取出を行うことができる。
(7)必要な時期に発電パネルを発電船の船上に引き上げて、取り扱いが容易な小型の発電ユニットと配電系統を海上でメンテナンスできる。海底の配電系統は不必要である
(8)発電船は電力を船上の水素生成装置により水素に変換し、高圧水素或いは MCH 化して輸送船に引き渡して需要地まで輸送する。海底ケーブルには頼らない
(9)発電船上にはメンテナンスの人員と資材を備えている。漂流物の絡み付き等は発電パネル引き上げ状 態で除去、重大故障は予備機と自動交換する。
(10)VLCC タンカーを建造する技術で、1隻数十万 kW 級の発電船が建造可能である。黒潮の流路変動に も敏速に対応できる。深海の海底基礎建設さえ可能なら、比較的短期間で、係留型発電船方式で、日 本国の EEZ 内の黒潮のエネルギーを大規模に利用することが可能になる。
(11)以上の「問題点を解決する方策」は「特許第 5656155 号 多胴船型潮流発電施設」として公開されて いる。また、水深が浅い海域でのメンテナンス容易な海中支持型潮流発電方式として「特許第 5622013 号 集合型潮流発電施設」が公開されている。何れも筆者が特許権者である。技術的詳細は特許公報で 見ていただければ幸いである。



5.提 言

日本国のアキレス腱がエネルギーだということは石油ショック以来全国民に周知され、 3・11 以来の原発全機停止による年間数兆円のエネルギーコストの高騰により骨身に染みて理解されている。
日本国の排他的経済水域の中で最初に開発さるべき資源こそ黒潮のエネルギーであると確信する。
この緊急性が高い開発テーマに対して、現在進行中の開発計画は「先ずは海流発電ができるかどうかを 実証しよう。黒潮の流路変動やメンテナンスの問題は、実証に成功してからシリーズに考えればよい」 とのスタンスで進められているように見える。本当に実用化を急ぐのなら、1潮流発電機本体の実証試 験と共に、既に予想される課題である、2黒潮の流路変動への対応、3深海海域への対応、4深海での 集電網の建設・保全の問題も同時並行的に開発すべきではなかろうか。現在の1だけの単線的開発の進 め方は、日本国にとって非常事態とも言うべき現在の貴重な時間を空費することにならないか。
国家として非常時のかけがいのない貴重な時間を無駄にしないためにも、是非前述「現在公表されてい る開発計画を照査する」と「問題点を解決する方策」の技術的正当性を精査していただき、実行可能で あり、エネルギー需要の相当部分を担う可能性があるのはどの開発計画であるかを見つめ直していただ きたい。
現在進行中の開発は進めざるを得ないと思うが、別働隊により、ここに提唱する黒潮発電の理論的検証 を新規に開始されることを希望する。黒潮発電はそれだけの努力に値する国家プロジェクトであると信 ずる。
政策立案・決定者の真剣なご検討を賜りたい。



備 考:この資料は 2015/1/7 付けで内閣府の科学技術・イノベーション政策統括官殿にお届けした2件の資料の内の1件である。ご返事はいただけなかったが、内容的に本件の資料として好適なため、ここに収 録した。
2015/1/7  桐生悠一