日本のエネルギー自立への道
桐生 悠一
[黒潮発電資料7]
2015/9/1  桐生悠一

係留型双胴発電船の社会的効果




1. 大きさと水素生産量

出光丸         係留型発電船

(1)船体の寸法と重量

左の写真は 2007 年 11 月に竣工した VLCC「IDEMITSUMARU」 。全長 333m、全幅 60m、吃水 20.5m、総トン数 16万トン、載貨重量トン数 30 万トン。このクラスの VLCC の市場価格は概算 1.2 億ドル(150 億円)といわれている。
右の図は 2m/s 流速で出力 15 万 kW の係留型双胴発電船。発電パネル 8 は高さ 200m、幅 150m、船体の全長 350m、全幅 200m と想定している。係留索の海面に対する角度を 30 度とする時、定格出力における発電抗力で係留索の張力は約 1.4 万トン重、下方引込力(貨物重量に相当)約 7000 トン重である。およそ 2 万トン以上の貨載重量トン数の双胴船ならば、吃水を安定に保てる。
VLCC と全長は同じ程度だが、全幅は 3~4 倍も広く、貨載重量トン数は 10 分の 1 の華奢な構造である。 貨載重量トン数 6 万トンのタンカーの市場価格は 4300 万ドル(55 億円)なので、計画量産時の浮体プラットフォームとしての船体価格はこれを一応の目安としよう。船体に積み込む発電パネル、発電ユニット、 水電気分解設備、水素液化装置、水素貯蔵タンク等の設備類が価格の主要部分を占めると思われる。


(2)水素生産能力

黒潮の流速 2m/s で出力 15 万 kW(1.5×10 8 J/s)を基本仕様とする。水素の重量当たり発熱量 141MJ/kg (1.41×10 8 J/kg)、水電気分解・水素液化等の総合効率を 0.85 とすれば、水素生産量は 0.9kg/s、放出する酸素 7.2kg/s、使用水量 8.1kg/s、1 日当たり水素 77 トン、年間約 2.8 万トンとなる。天然ガスの重量当たり発熱量 38 MJ/kg であるから、熱エネルギー源として考える場合は年間で天然ガス約 10 万トン相当、FCVの燃料として考える場合は天然ガス約20万トン相当のエネルギーの供給源となり得る。( 内燃機関に対する燃料電池の効率を 2 倍とした )
2015/9 現在、日本の輸入天然ガス単価は 69 円/kg であるから、138 億円/年相当と考えられる。但し、 化石燃料の価格は需給関係等で大きく変動することを考慮して、本方式による自然エネルギー導入の判 断を行って欲しい。仮に年間生産額 70 億円と低く見積もった場合、20 年間均等償却法で、この係留型 双胴発電船の建造費の概算は 1400 億円以下でなければならない。一つの目安として示した。



2.船体の設計上、重視すべき項目


(1)台風に対する船体の機械的強度の確保

前出写真の出光丸(三世)に較べて、➀全長ほぼ同じ、➁全幅 3.5 倍、➂貨載重量トン数 10 分の1というアスペクト比は、機械的に脆弱な印象がある。特に温暖化の進行により、台風が益々強烈になりつつ ある事情は悪材料であり、筆者は果たして強力な近未来の台風に耐え得る船体が実現可能か否かを最も 心配している。
黒潮発電の適地に係留しているため、台風が襲来するから他の場所に避難するという選択肢はない。 最大瞬間風速 70m、波高 35m といつた台風に、係留された全長 350m、全幅 200m の双胴船が耐え得 るか否かが、このプロジェクトの重要な判断課題となる。
単純に船体構造を強固にすれば解決するとも思えない。そうであれば簡単なのだが、巨大台風との力較 べで、このやわな双胴船が勝てるとは思えない。むしろ衝撃力には応力をできるだけ分散させて集中さ せない構造となし、撓って力を広い領域に分散させることが必要であろう。但し、撓い過ぎて後に歪み が残って、発電パネルから発電ユニットを自動着脱するマテハン装置の動きに支障が出るようでは困る。 台風襲来時に発電パネルを懸垂したままにしておくか、デッキの下に収納するかが選択肢となる。


(2)台風に対する係留索・海底基礎の機械的強度の確保

台風の中で係留型双胴発電船を係留索で係留する場合、どのような問題に遭遇するであろうか。 ➀係留型双胴発電船は質量が大きい発電パネルを有している、➁係留型双胴発電船の全幅が大きく、露 出面積が極めて広い、が課題となる。
発電パネルを下げたままの状態なら重心が低いから、船体が転覆する事故は起こりえない。例え転覆しても起き上がり小法師のように自力で元の姿勢に復元できる。しかし、発電パネルと船体の固定部に加わる応力を考えると、果たして破壊されないで済むか疑問がある。安全性のシミュレーションにより発電パネルの二つの姿勢について、何れがより安全かの答えを出しておく必要がある。
台風の際は波浪に力ずくで抵抗するよりも翻弄されていた方が、波浪から受ける機械的応力が少なくて 済むと聞く。この双胴発電船は広い面積で台風の波浪の力をまともに受け止めなければならない構成になっているので、特に慎重な検討が望まれる。
係留索と海底基礎が台風の波浪のような巨大な衝撃力に耐えることができるかが次の課題である。 緩衝機構なしの解決策は考えにくい。前頁の図面の海底基礎 3 から 2 ヶ所ある係留点 7 までの間に、ロングストロークの緩衝機構が必要である。
巨大台風まで考慮した係留索強度の安全係数が次の設問である。海底基礎から中継点までの係留索が切 断すると修復が大掛かりになるから、中継点から係留点までの間で強度が弱い犠牲点を設けたい。係留 索が切れても、双胴発電船は自力航行能力があるので、施設や乗員に危険が及ばない。


(3)AIによる自動運転・警備防衛システム

双胴発電船の基地から係留サイトまでの航行、中継ブイや中継点と双胴発電船の係留索との連結や解放、 水素タンカーへの液化水素の供給作業時、定期的あるいは臨時のメンテナンス時以外は、人間による管 理・操作は必要ない。作業は単純に黒潮の運動エネルギーを電力に変換し、それを更に水素に変換して 水素を液化して体積を低減して貯蔵し、外部からの侵入・攻撃等への警戒・防衛を行うことである。 順調に行っている時は、乗員が介入すべき作業は一切無い。
船内施設の細部にまでセンサーネットワークを巡らし、あらゆる事態に対応できる AI 制御システムに 運営管理を任せる方式を執りたい。理想は通常運転時の無人運転化である。
人間が居たとしても、それは AI 制御システムを監視、異常事態への対応に限られる。自動車は無人運 転され、生産工場は Industory4.0 の時代である。極めて単純な任務しか与えられていない係留型双胴 発電船は無人化されるべきである。
異常事態が悪意を持った集団によるテロであれば、警備員を置くより、シビアな対応をする警備・防衛 AI システムに実務を任せた方がベターと考える。人間が退船し、発電船が自動運転モードに入ったら、 全扉の自動鎖錠、プラント区画の N 2 充填等の安全処置を行うことも選択肢に入る。


3.黒潮発電を目指す三方式の実現性の評価

黒潮発電を目指す開発は本方式だけではない。2015/1/7 付け「黒潮発電の課題と解決策」に紹介した T 計画と N 計画もそのライバルである。何れも「係留型」という共通項がある。黒潮が表層流であるため、 「海底固定型」は存在せず、日本列島は黒潮の流路で水深が数百 m 以上あるため、 「海中支持型」も存在しない。 T 計画は多数の関係者による大プロジェクトである。現状は「小型の模型機により 50 数%の効率を出した」と報道される段階である。海中浮遊型の発電負荷変動による姿勢制御の困難さを打開するための多数の特許出願がなされている。T 計画が進展すると必ず課題となる多数機の発電ユニットで構成される発電ファームの電力ネットワークに関する具体的な開発情報が流れてこない。筆者は電気技術者としての知見から、多数の発電ユニットの電力を 50~200 気圧の高圧下の海底に集めて、それらを統合化して陸地まで送り出す電力システムは嘗て例を見ないものであり、安定に長期間稼働できる信頼できる製品は 10 年やそこらでは実現可能とは思えない。多分、ここがこのプロジェクトの最難関部になると予想するが、それに手を付けている気配がないのが心配である。
筆者が提唱する K 計画の発電パネル方式では、黒潮の同一対向面積において自由海流中のタービン発電機の 2 倍強の発電出力が得られるが、タービン効率を上げて行くとある値で発電出力が飽和する。一定値以上の 高効率(40%程度)は必ずしも有効でないため、タービン効率の向上は開発対象に入れる必要がない。 N 計画は中規模のモデルでデモンストレーション中の段階で、大きなプロジェクトまで発展するか微妙な段 階である。この N 計画も海底電力ネットワークでは T 計画と同じ解決の難しい問題に直面する筈だ。 黒潮が流れているような日本列島から或る程度の距離がある発電サイトでは、電力の形で需要地に送電することは、よほど恵まれた場所でのみ可能で、大規模エネルギー源として期待するのは無理だと考えられる。 その点、本計画は船上で電力を液体水素に変換してタンカーで需要地に届ける方式であるため、高エネルギー密度の黒潮が流れている場所ならどこへでも進出して稼働できる拡大性に富んだ技術だと考えている。


4.係留型双胴発電船の経済的効果


(1)黒潮発電の勧め

黒潮は平均的に幅 100km、海面から水深 200m の厚さの強流帯を有すると言われる。モデル係留型双胴発電船の発電パネルの高さを 200m にしたのは、これが根拠である。
黒潮
上図は黒潮の流速を色表示した図であるが、日本本土の南側に黒潮発電の適地の候補が多数見られる。世界二大海流の一つが本土の近傍を流れている幸運、これを活かすような動きが国内に殆ど見られないのは不思議である。筆者には黒潮発電から技術者が逃げているように思われる。国家的機会損失でなかろうか。
中東に較べれば太陽光発電の年間稼働率は 1/6、欧州に較べれば風力発電の年間稼働率は 1/2 と言わ れ、日本は必ずしもこれらの自然エネルギーの適地ではないことを自覚せねばならない。地熱発電や 黒潮発電こそ日本独自の自然エネルギーとして開発努力を集中すべきテーマではなかろうか。


(2)係留型双胴発電船の概算見積

大出力水力発電所の建設費は 100 万円/kW 以下といわれる。第1頁に挙げられたモデル係留型双胴発 電船の定格出力は 15 万 kW であるから、目標建造費は 1500 億円以下となる。双胴船本体は高く見積 もっても 100 億円程度に収まるであろう。発電ユニットは 75kW 機、そのサイズは自動車のバン級な ので、量産段階では確実に 1 台 200 万円以下に収まると思われる。 2000 台使用であり、総額 40 億 円となる。本体ダクトとパイロン、ナセルをプレスと溶接で加工できれば、1 台 100 万円前後で供給 可能と思われる。
海底基礎を除いたその他の設備について積算しても、技術者の常識としてはこの係留型双胴発電船の 単価は連続量産段階で 200~500 億円程度に収まるように思われる。
この場合は、FCV 化した輸送用燃料の水素供給源として、確実に本方式は高い価格競争力を有する。 当然であるが、開発・試作段階での予算は、量産時とは違った配慮が必要である。


(3)係留型双胴発電船の船隊による本格的黒潮発電利用

定格出力 15 万 kW の係留型双胴発電船 100 隻の船隊を 3 編成、計 300 隻を日本近海の黒潮に配備で きたとしよう。総出力は 4500 万 kW、水素 840 万トン/年となる。この水素生産量はオール FCV 化し た日本の輸送用燃料のおよそ 3/4 を賄える。残部は既に予定されている日本国内の他の製造プロセス で充当できるとすれば、現在、化石燃料の全輸入量の約半分を占める輸送用燃料が全量自国内で調達 可能となり、日本のエネルギー安全保障能力は大きく前進する。
300 隻の発電パネルの幅の和は 45km に及ぶが、黒潮の運動エネルギーはこの程度で採集し尽くされ る訳ではないと考えている。日本が黒潮を資源とする水素輸出国となる可能性にも目を向けたい。 1 隻 500 億円なら 300 隻で 15 兆円、10 年間を総工程期間とすれば、年間 1.5 兆円の予算が必要な長 期計画である。
この計画は筆者が別の機会に提案している「離島地下原子力発電による原子力水素」とバッティング している。しかし、日本にとってエネルギー問題は最重要課題である。これらの複数のエネルギーパ スが互いに好敵手となって切磋琢磨して競い合い、それらの激烈な競争の中から本物の日本のエネル ギー自立が実現すると考えている。競争なき所に真の進歩はない。


5.ま と め


(1)黒潮の流速2m/s は風速19m/s に相当し、速度変動も少なく、年間稼働率も100%に近いのに、風力発電に較べて実用化が進んでいないのは、関係者が海を敬遠しているからではなかろうか。
(2)係留型双胴発電船ではメンテナンスの全てをデッキ上で行うことができ、水中作業がない。
(3)水素を輸送用燃料として生産・供給することにより、日本の輸入化石燃料を半減できる機会がある。
(4)船体は造船会社、発電ユニットは自動車メーカー等が長期計画生産することにより、日本の製造業が幅広く活性化し、グローバルな企業体質を強化することができる。
(5)このインフラ建設は、長期にわたり日本の経済を活性化し、政治的安定をもたらす。